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夏のカケラ 〜It still continues in summer〜
ジャンル AIR
仕様 B5版 20P コピー 表紙単色
発行日 2003/12/30
価格 \150 [完売]
ゲスト様 朝呼翠里様 (OY-P)
サンプル
解説 2003年冬コミ限定、霧島姉妹の【小説】本です。
おまけで4コマが少しだけ付いております。この世の物とは思えない程幻想的で美しいゲスト様の佳乃イラストは必見です。



※実際は縦書きで、以下は冒頭を抜粋した物です。
拝啓 あたしの大事な人へ

藤沢優


  傍から見ればそれは滑稽な光景だった。
 艶やかな髪に涼しげな瞳の女医に、目つきの鋭い黒ずくめの服装の若い男、その背中にはあどけない顔の女の子が眠っている。そして男の足元には綿菓子のような奇妙な生き物。
一見、遊び疲れた子供をあやしながら家路に急ぐ保護者とペットに見えなくもない。
 そんな三人と一匹が夕闇迫る商店街を無言で歩く。
「よぅ、聖さん。どうし…」
 だが、彼女らに声をかけようとした近所の人達は、女医と男の余りにも思い詰めた表情に、途中で言葉を飲み込む。
 夏の太陽が山の稜線に沈み、空の青が夕暮れの橙へと変わる。時折吹き向ける風が、街に残る夏の熱気を少しずつ夜の冷気へと入れ替えていく。
 背に抱かれた女の子の腕に巻いてある黄色のバンダナが、その風に揺れる。そしてそのバンダナの淵には赤茶けた染み。
 その染みが女の子の血液である事を知る者は聖に往人、そして足元をかいがいしくついて来るポテト以外にはいないだろう。
「どうだ?佳乃は」
「……」
「そうか…」
 顔色を窺い、脈を取る聖に往人が尋ねる。聖はそれに無言で首を振る。それっきりまた黙って歩く。
 舗装された商店街の道を外れ、山の裾に続く砂利道へ入る。
「…代わろう」
 診療所からここまで佳乃を背負ってきた往人を見て、聖は立ち止まると手を差し出す。
「大丈夫だ」
「私が半分受け持つべきだ」
 笑みを浮かべた表情とは裏腹に、拒む事を躊躇わせるような真剣な口調に往人は
「わかった」
 と頷き、佳乃の身体を慎重に聖に渡す。
「…意外に重いな」
「だから言っただろ」
「そうじゃない。昔はずっと軽かった…」
 昔もそうしていた自分を思い出しながら、背負いやすいように態勢を整える。
 道の左右に広がる田んぼの穂が風に揺れ、波を作る。
「この辺りの田んぼには、蛍が舞っていた。この三人で来るのは、初めてだな」
「ぴこ〜」
 その言葉にポテトが抗議する。僕もいるよ、と。
「そうか、三人と一匹だったな」
「ぴこぴこっ」
小川にかかる石橋を渡るとやがて田んぼは林に姿を変え、山の緑が迫ってくる。道も徐々に上り坂へと変わっていく。
細くなっていく砂利道の上を機械のように黙々と足を動かす。
高度が増すにつれて眼下に見える街の灯りが少しずつ小さくなっていく。やがてその小さな灯りが一つ、また一つと消えていく。街が眠りにつこうとしているのだ。
 進む道の先に、小さな灯りが見えてきた。それが街灯であると気付くと二人と一匹は、その灯りの下で足を止めた。
 見ると聖は肩で息をしている。何度か交代しながら佳乃を背負ってきたが、女性である聖にとってはやはり辛かったのだろう。
「そろそろ代わろう」
「いや、いい。それにもうすぐ神社だ」
 そう言いながらも、聖の額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「無理するな、それにお前はもう今までに色々なものを背負ってきただろう」
 その言葉に聖は一瞬身を固くするが、素直に雪との言葉に従った。
往人の首の辺りに佳乃の眠るような息遣いを感じる。
 聖は往人に佳乃を渡すと、白衣のポケットから佳乃の手紙を取り出した。そしてある一節を心の中で声にする。

わたし、やっぱり空に行くことにします。
そうすれば、みんなが幸せになれるような気がします。
往人くんが探している人にも、会えるような気がします。
いつになるかわからないけど、かならずその人をつれてきます。

「『空に行くことにします』か。佳乃らしい表現だな」
「ああ、そうだな」
 聖は往人の言葉に頷くと、街灯の柱に背を預けた。街灯がかすかに揺れて、灯りに集まっていた虫達が驚き、一時激しく飛び回る。
「国崎君から佳乃の手紙を受け取った時、私の心の中に二人の私がいた。とうとうこの時が来たと恐怖に震えている自分…そして」
 一瞬沈黙する。やがて頭を下げ低い声で言う。
「やっとこの時が来たとホッとしてる自分…最低の姉だろう。ああ、やっと楽になれるって、ホッとしてるんだ」
 言い終わると聖は顔を上げ、自嘲気味に微笑んだ。
 恐れ入ったか、実は私はこんな酷い人間なんだよとでも言いたげに。
 その言葉に、往人は何かを問おうとして息を吸い込む。しかし次の瞬間、口から洩れたのは声ではなく乾いた溜め息だった。
その様子を聖は見て
「私を責めてはくれないのか?」
と逆に問い掛けてきた。
「責めればお前は楽になるのか?佳乃は戻ってくるのか?」
 聖は答えない。問い掛けるような往人の視線から逃れるように聖は目線を逸らす。
「自虐的になった所で仕方ないぞ。かえって傷を大きくするだけだ」
 その言葉にも聖は答えず、また手紙に目を落とす。

それまで、ここに好きなだけいてくれると、うれしいです。
お姉ちゃんを助けてもらえると、うれしいです。
ホントはお姉ちゃん、すごくムリしてるから。

 往人はその様子を黙って見ていた。聖の口から言葉が発せられるのを辛抱強く待つ。
「なあ、国崎君」
「ん?」
「私は佳乃から見ても無理をしているように見えたのだろうか?」
「…そりゃ家族だからな、いくら取り繕ってもどこかでわかるもんだ」
 長い沈黙を破って発せられた聖の問いに、往人は言葉を選びながら答える。
その答えに聖はふっと息を吐く。
「そうか…駄目だな、私は。今まで佳乃には悟られまいとしてきたつもりなんだが」
「あれだけ過保護にしていて『無理していない』もないと思うが」
 呆れ気味に往人が呟くと、聖は曖昧に微笑む。
「母が亡くなって、二年前に父が他界してから、ただ一人の家族になってしまった佳乃に辛い思いや、寂しい思いをさせたくないからな。それに贖罪の意味もある」
「贖罪?羽根の呪いのか?」
「そうだ」

 あの祭りの日、羽根から全てが始まり
 羽根の呪いに侵食され、苦しめられ
そして、その羽根の力にすがるため
こうして佳乃を背負い歩いている
 その羽根の元へ向かっている自分達は一体何なのだろう?
 羽根に振り回れているこの姉妹の人生は一体何なのだろう?

 往人は目の前でうな垂れている気丈に振る舞う姉と、自分の背に身体を預けている無垢な妹を見比べながらそんな事を考えた。
「そろそろ行こうか?」
 結局その答えを見つけられないまま、往人は先を促した。
 二人と一匹はまた歩き出す。
「この子に淋しい表情は似合わない…」
 聖は佳乃の額にかかる前髪をかき分けながらそう言う。
「でも、佳乃も楽しいだけじゃ生きていけないだろう。無邪気なだけじゃ生きてはいけないだろう」
「佳乃はそれでいいんだよ」
「愛情も度が過ぎると佳乃を拘束する事になるぞ」
「何だと!」
 往人の一言に聖は鋭い口調で返す。往人はその抗議を無視すると、さらに言葉を続ける。
「無邪気に自由に生きろと押し付ける。でもな、自由の押し付けは結局不自由じゃないのか?」
「……」
 その言葉に聖は気をそがれたかのように黙り込む。
「それに、自分の自由が誰かの不自由の上に成り立っている事実は…佳乃にとって逆に辛い事だぞ」
「そうか…な」
 思い詰めた表情で呟く。
「考えて見れば…私は、佳乃を守る事で、自分自身を守っていたのかも知れない。私は自分を責めて、罪の意識に沈む事で…私自身安心していただけなのかも知れない。全く酷い姉だ…」

 身体の弱かった母親
自分を生んだ事によってその母親は亡くなった
 母親の死により、母親代わりとなって妹の面倒を見てきた姉
甘える事も出来ず、自分の気持ちを抑えて生きてきた姉
自分はその想いを甘受するだけで、何も出来なかった
自分さえ生まれてこなければ母は、姉は、苦しむ事もなかった

『生まれてきてご免なさい』

 それは佳乃の優しさが生み出した悲しい言葉
 少女は満面の笑みで自らの存在を謝罪する
 だから、そんな事を思わなくても良いように
母や姉の優しさを重荷に感じなくても良いように

『ああ、やっと楽になれる』

 それは姉の思いが生み出した悲しい言葉
 自分を悪者にする事で妹の優しさに傷をつけないようにする姉
 私は本当はこんなに酷い姉なんだ
 だからこんな姉の事を思い病む事はないんだ、と
 偽りの言葉で自分を覆い隠す
 それは、気丈を装う姉の精一杯の意地、不器用な優しさ

 聖の告白を一通り聞き終わった往人は、
「佳乃は、そんな言葉を素直に信じるほど馬鹿じゃないぞ。それに本当に酷い姉なら今までこうして身を挺してまで妹を守ったりはしない」
 立ち止まると、聖の目を見ながらはっきりと言い切った。
「それに、例えそんな人でなしの姉だったとしても、佳乃は聖が聖である限り、あんたが大好きなんだよ」
「ぴこぴこっ」
 足元のポテトもその言葉に同意するように、前足を上げて鳴いた。
「ほら、ポテトもそう言ってるじゃないか」
「ぴこっ!」
 再び歩き出す。程なくして目の前に石段が見えてきた。見上げると入り口の鳥居が獲物を待つ魔物のように静かに建ち、階段の先は夜の闇に飲まれ、そこに人の立ち入る事を拒絶しているように見えた。
石段の左右に茂る草木から聞こえてくる虫の音と、風に揺れる葉の音だけが今、周りを包んでいる。
 二人と一匹は無言で頷くと、ゆっくりと登り始める。

魔法を信じて空に行こうとした佳乃
往人がもう当てのない旅を続けることのないように
聖が自分だけの幸せを追う事が出来るように
みんなが幸せになるようにと…
その結果が、今、往人の背中で静かに横たわっている

「互いが互いを思いやる余り、相手の心の奥に触れる事を恐れていた…優しさが故のコミュニケーション不足って奴か。みんなの幸せを願う余り、思いや行動がすれ違って気が付いたら取り返しのつかない事になってる…」
「…分かったような口をきくじゃないか、国崎君。でも、そうかも知れないな。しかし一つ間違っている事があるぞ」
「何だ?」
「まだ『取り返しのつかない』とは決まっていない」




みかんのたかお

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