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奇跡の舞い降りる街で
ジャンル Kanon
仕様 B5版 64P オフセット 表紙2色刷り(箔押し)
発行日 2001/03/25
価格 \300 [完売]
ゲスト様
サンプル
解説 これまでに発行致しましたKanonコピー本「〜追複曲〜」「Brilliant」「夢の続きを…」の3冊に新作4コマを追加したKanon初の総集編です。
表紙が極めて地味な為、よく創作作品と勘違いされる可愛そうな本です。



※実際は縦書きで、以下は冒頭を抜粋した物です。
三人いれば 〜佐祐理〜

藤沢優


 冬の間冷たい氷の結晶に覆われていた北の街は、今はもう心地良い日の光と鮮やかな緑の彩りにその姿を変えた。
 冬の閉塞感を感じさせる空気もすっかり和らぎ、街は大地と人の息吹に溢れている。
 全国ネットのニュース番組の冒頭で、毎年積雪の映像が映し出されるこの街も、雪が無くなれば天井の高い青空の広がるごく普通の地方都市である。
 そんな街の中心である駅前広場。そこに二人の女性の姿があった。
 一人は背中まである明るい髪をグリーンチェックのリボンでまとめ、綺麗と言うより可愛いと言った感じの温かさと品を漂わせる女性。
 そしてもう一人。漆黒の髪をブルーのリボンでまとめ、やや伏せた感じの目と凛々しさを感じる顔立ちのスラッとした印象の女性。
 タイプはかなり違うがお互いかなりレベルの高い容姿だ。通り過ぎる人々も少なからず振り返って見つめている。


 駅前広場にある一体何を抽象化したのか判断に苦しむモニュメント像へ身体ごともたれながら私は舞に尋ねる。
「祐一さん、遅いですねえ」
「いつもの事」
 舞が表情一つ変えずに言う。
「あはは!そう言えばそうですね」
 そう言いつつ広場の時計塔に目を向ける。さっきから何度この動作を繰り返しただろうか?
 約束の時間は一時。でも時計の短針は既に二の文字を指している。
「何かあったのかな?」
「でも必ず来る。祐一は約束に遅れても破ったりはしない」
 そんな言葉の裏に舞の祐一さんに対する信頼を超えた何かを見た気がした。
 私は手にした鞄を持ち直すと視線を足元のタイルから広場、そして駅前全体に漂わせた。
 すると駅正面に架かる歩道橋から物凄い勢いで走って来る制服姿の青年の姿を見つけた。
 あれは…間違いない。
「あー祐一さんだぁ!」
 私が手を振ると祐一さんは更にスピードを上げた。途中の階段で転がり落ちなければ良いけど。
 舞も祐一さんに視線を向ける。心なしか嬉しそうな瞳。
「はあ…はあ…す、すまん、遅刻だ」
 祐一さんが私達の所に駆け寄る。そして肩を上下させながら息も絶え絶えに遅刻を詫びた。
「祐一、遅い」
 少しだけ責める様に舞が呟く。
「どうしたんですか?何か用事でもあったんですか?」
「部活で遅くなった」
「祐一さん、何部でしたっけ?」
「聞いて驚け、帰宅部だ」
 ポカッ
 舞のツッコミチョップが祐一さんに炸裂する。
「痛〜!何するんだ、舞!」
「祐一が訳の分からない言い訳するから」
「全く…進学してから更にツッコミの威力が増したな」
 そう、私達は今年の春、高校を卒業し市内にある短大に進学した。周りの人達は遠くにある有名な国立大学を強く薦めたが私は舞と一緒に居たかった。だから舞と同じ短大を選んだ。
 舞は成績が悪かったわけではないが、特別良かったわけでもない。それに遠くの大学は色々とお金もかかる。今の舞にそんな負担は背負えない。それに就職しようにも通っていた高校が進学校だったので就職の募集も殆どきていなかった。
 そう言う訳で舞は今、バイトをしながら短大に通っている。
「とにかく遅れてすまない。掃除当番と進路面接が重なって遅くなっちまった。折角のデートだってのに、名雪も当番代わってくれないし…」
 デート、と言う言葉に舞が僅かに反応した。照れているのだろうか、少し視線が落ち着かない。
「そういう事じゃ仕方ないですね…で、これからどうします?」
「…お腹空いた」
 舞が呟く。デートと言う言葉に照れつつもやはり空腹には勝てなかった様だ。
「じゃあ少し遅くなったけど昼飯にするか?」
「そうですね。ではあそこのレストランにでも入りましょう」
 私はそう言って駅前広場の反対側にあるレストランハウスを指した。舞も祐一さんも賛成してくれた。
 カランカラン…
 ドアを開けて中に入る。店内は思ったほど広くはないが、木目調で統一された温かみのある趣味の良い内装だ。
 席に座り、ほどなくしてウェイトレスの人が持って来たメニューを三人で見比べる。
「舞は何が食いたい?」
「…牛丼」
「メニューに牛丼はないぞ」
「…だったらみたらし団子」
「それもない!大体、団子じゃ飯にならんだろうが!」
「成せばなる」
「だぁぁぁぁ!」
 そんなやり取りをウェイトレスの人は笑顔で、でも少し困った様に見つめている。
「あはははは!じゃあ舞は佐祐理と同じメニューにしましょう」
 そう言って私が注文したのはミニ和風ハンバーグとフルーツサラダ。そして祐一さんはハンバーグステーキランチを注文した。
 十五分程して料理の皿がテーブルに並ぶ。美味しそうな匂いが周りに漂う。
「舞はハンバーグ好き?」
「結構嫌いじゃない」
 目の前に並んだ料理を見て舞が答える。
「良かった」
 いただきます、で手を合わせ食べ始める。
「祐一」
「何だ?」
「ブロッコリー食べて」
 舞は言いながらフォークで祐一さんの皿にブロッコリーを投げ込んだ。
「舞はブロッコリー嫌いなのか?駄目だぞ好き嫌いは」
 そう祐一さんが言うと舞が祐一さんの皿に移したブロッコリーを、元の舞の皿に戻そうとする。
「だったら佐祐理が食べます。ブロッコリー好きですし」
「駄目ですよ。佐祐理さん」
「いいんです」
 私はブロッコリーを取ると自分の皿に取り分けた。祐一さんは溜め息をつきつつも微笑みながら言う。
「佐祐理さんは舞を甘やかし過ぎですよ。いい人過ぎますよ、佐祐理さんは」
 ズキッ…
 その言葉に私は少し痛みを感じた。
 身体の何処かではなく、心の何処かに…




みかんのたかお




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