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木漏れ日の中で
ジャンル AIR
仕様 B5版 40P オフセット 表紙フルカラー
発行日 2001/08/26
価格 \200 [廃刊]
ゲスト様 ももっちゃ様 (桃工房)
しんちゃん様 (てけれつのパァ
新田由夏様 (まるまりClub)
サンプル
解説 地味な表紙にも関わらず多くの方にお求め頂いた不思議な本です。
メンバーの原稿より豪華なゲスト様のマンガやイラストがオススメです。



※実際は縦書きで、以下は冒頭を抜粋した物です。
夏への扉

藤沢優


 魔法のお呪い…
「これは不思議なバンダナだ。大人になるまで巻いていれば、魔法が使えるようになる。それまで、どんなことがあっても絶対に外さないように」
 幼い私はそう言って佳乃の手ににバンダナを渡した。
 呪い。
『まじない』という漢字は『のろい』とも読む事が出来る。
 私は佳乃に『おまじない』のつもりで『のろい』の鎖をかけてしまった。
 佳乃の為に生きる事が私の贖罪となるのならば、それは甘んじて、いや喜んで受け入れよう…
 この先に何が待っていたとしても。


 国崎往人は待合室で何をするでもなく座っていた。
 部屋の中にいると聞こえるのはエアコンの稼動音と窓の外からの蝉の鳴き声だけ。
 時折エアコンの風が往人の長い前髪を揺らす。
「…暇だ」
 午前中に診察に来た患者は二人。この街の唯一の医療機関でありながら、訪れる患者がこの人数というのは経営的にはどうだろうか。医療機関補助金がなければとうの昔にここ は潰れているな、と往人は思った。
 ギイッ…バタンッ
「国崎君、昼飯だぞ」
 住居に通じるドアが開き、ここの家長でもあり霧島医院の責任者でもある霧島聖が盆に料理を乗せて出てきた。艶やかな黒髪に涼しげな瞳、整ったプロポーションは充分美女として通用する容姿なのだが、白衣の下に着ているのが関西某都市の名所をプリントしたTシャツというのが少々理解に苦しむ。
 聖は慣れた手つきで料理を並べていく。
 見ると、テーブルの上に並ぶのはニラレバ炒めに餃子に中華スープ、ご飯…
 中華独特の匂いが往人の食欲をくすぐる。
「相変わらず鮮やかな料理裁きだな…しかし何でまたこんな強烈に匂い立つ料理ばっかりなんだ?」
「この季節、夏バテで食欲を無くして体調を壊す事が多いからな。食欲を誘う中華にしてみた」
 往人の疑問に聖はサラッと答えた。
「そうじゃなくて、仮にも医療機関の待合室がこんな匂いをさせていたらマズイだろう。午後からの診療どうするんだ?」
「私は気にしないぞ。それに清掃面の責任者は君だ。診療時間までに消臭も頼むぞ」
「おい!」
 往人の抗議を無視して聖はテーブルに次々と料理を並べる。
 往人は抗議を諦めた。何故なら、この家長に逆らってはいけない、と過去の経験が往人の心に警鐘を鳴らしているのが聞こえたからだ。
「佳乃は?」
 往人は話題を変える。
「今日はクラブ活動の日だとか言っていたな」
 今朝の佳乃の言葉を思い出しながら聖は答えた。
「クラブ?佳乃がか?」
「ああ、何でもどうしてもやりたい事が出来たとかで…」
「何のクラブだ?」
「料理クラブだそうだ」
「……」
 往人は自分の目の前に並ぶ新感覚で斬新な見た目と味覚の料理を想像した。
 一瞬身震いをした。
「今、物凄く失礼な想像をしなかったか?」
 ジト目で聖が尋ねる。
「気のせいだ」
 図星を突かれ、往人は目を逸らしながら言う。しかし往人のそんな反応に聖は
「私は…羨ましいぞ」
 溜め息まじりに言うと近くの椅子に腰掛ける。
「何がだ?」
 今までとは口調の違う聖の言葉に往人は意外そうに尋ねる。
「佳乃はな、自分の手料理を食べてほしい人がいるそうだ…」
 そこで言葉を区切る。
「嬉しくもあり、少し悲しくもあるな。我が妹の成長ぶりを見るのも…」
 そう言うと聖は往人の方を見る。
「そりゃまるで…姉の言葉というよりも母親の言葉だな」
 その言葉に聖は一瞬ビクッとなった。
「…そうか」
 暫く沈黙が続く。
 お互い何故か言葉が続かなかった。
 時を刻む壁時計の音が、やけに大きく響く。
 と、医院の玄関である曇りガラス戸に映る外の影が揺れた。
 パタパタパタッ…ギイッ!
 騒がしく音が近付いてきたかと思うと、勢い良くガラス戸が開かれた。
「とうつき〜!」
「ピコ〜!」
 見るとショートヘアーで瞳の綺麗な制服の少女と、生き物なのか人形なのかそれ以前に地球の生き物か判断できない毛玉の犬(?)が立って(?)いた。
 聖の妹である佳乃と霧島家のペット(?)ポテトは、走って学校から来たのか息使いが少し荒い。やがて佳乃はパタパタと靴を履き替え待合室に上がる。ポテトはお構いなしにそのまま待合室に駆け込む。
「こら、佳乃!玄関は静かに入ってきなさいといつも言っているだろう」
「ごめーん、お姉ちゃん。お腹空いちゃって急いで帰ってきたんだぁ」
 夏の下、楽しげにはしゃぐ少女はとても眩しくて、その姿を見ながら往人は目を細め、微笑む。
「さあ面子も揃ったし…昼飯にしよう」
 往人がそう言うと聖も頷いて残りの料理を取りに台所に戻る。
「往人くんくいしんぼうさんだ〜」
 佳乃は往人の腕に絡むと屈託の無い笑顔で言った。
「自分だってお腹空いたとか言っていたじゃないか」
「へへっ!」
 ペロッと舌を出しながら佳乃は笑う。
「ピコピコ、ピッコ」
「何だお前もお腹空いたか?毛玉」
「ピコ」
 何となくこの毛玉とコミュニケーションがとれている自分が情けなくなりつつも、往人は佳乃と一緒に席に着いた。
 やがて食事が始まり、午後の診察時間までに往人は待合室の消臭、という新たな仕事に取り掛かった。




みかんのたかお

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